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序言-当サイトの方向性-

 思春期の娘の親であり、こんな創作系サイトの管理者でもあるマイソフからすると、2009年夏をひとつのピークに繰り広げられた児童ポルノ法改正論議は、目を覆いたくなるものでした。

 政治的な決定は、限られた資源(例えば人件費を含む警察予算)を異なる(それぞれはまっとうな)目的に振り分ける類のもので、何かをしようとすれば後回しにされるものが出ます。例えば石原知事は都立4大学を統合して高等教育への予算は抑制する一方、南大沢警察署(2009年4月)を新設し、大規模留置場の新設準備を進めています。高等教育と警察官増員による安全確保のどちらが大事か、などという疑問に答えなどあるはずがありません。しかし政治とはそうした現実に向き合って、「何もしない」を含めて、何をするかを決めるものです。

 児童ポルノ法改正案に対する反対意見として、表現の自由規制につながるから、というものが多く見られました。しかし2009年に議論された改正案は児童(この法律では18才未満をさす)の絵については今後の取扱いを調査するとしているだけなので、その点に絞った反対運動は「改正のポイントについて何の意見も言っていない」あるいは「改正案を読まずに反対している」ように見えます。

 いっぽう規制賛成の議論も、欲求-表出-実力行使を厳格に区別しないものが目立つ印象を受けました。もっと端的な言い方をすると、「自分の子供が同人にハマったら勘当するの? 育児放棄するの?」ということです。欲望の利己的な追求は、ある一線を越えたら処罰。例えば盗んだら処罰。これが普通です。しかし「欲しい」という気持ちを持つことは処罰しきれないし、同性愛のようにかつては強く抑制されていたものが共存する方向に変わったものもあります。依存症などのように観察と治療の対象になることもあります。自分と異なったバランス感覚の相手と共存できないなら、現代社会で合法的に生きていくのは難しいのです。

 こうした「勝つまで殴る」議論ばかりが目立って、実施上の問題点を冷静に考える議論が行われないまま与野党合意がほとんど出来上がってしまったように思います。

 この法律は私たちが住んでいる国に敷かれるものであり、法体系のバランスは私たちが考えなければ誰も考えません。特定の結論を得ることよりも、国民にとって何が得で何が損かを示し、最終的なバランスを決める判断材料を整理するために、このページを作りました。

誰が保護を得るのか

「第2回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」の概要と評価とそこからリンクされた多くの文書は、外務省によって同一性を確保された(Wikipediaのように内容が突然書き替わったりしない)、児童ポルノ規制の趣旨を概観できる便利な文書です。ただしこの国際会議自体は、規制を推進する立場の団体等が集まるもののようで、政府代表の会議ではありません。

 強く印象を受けるのは、児童ポルノの被害者はまず何よりも貧しい家庭の子弟であり、発展途上国では日本よりはるかに広範で深刻な問題である、ということです。世界的な協調によって、ポルノ画像製造ビジネスから利益を奪い、生産を抑止すべきだという主張には、大きな説得力を感じます。

 逆に言えば、こうした世界的な状況は、日本での児童ポルノ被害に関する現状や最近の傾向とそれほど関係はありません。作家・山本弘氏のサイトにあるあなたの知らない児童ポルノの真実にあるように、日本の性犯罪は時を追って増えたり減ったりしていますが、刑法犯認知件数全体と相関しているようですし、「犯罪件数」とは「認知件数」なので取り締まり姿勢に強い影響を受けます。

 児童ポルノ法関連に絞り込んで言えば、平成20年版青少年白書第3章第2節によると、「児童買春・児童ポルノ法」に係る被害者となった少年は,平成19年中に1,419人である。年次推移をみると,近年はほぼ横ばい状態となっている。」とあります。

 先ほどの「認知件数」は児童ポルノ法の場合、「18才未満と判明した件数」でもあります。警察庁の「児童ポルノの根絶に向けた重点プログラム」(広報資料)(都道府県警への通達)(2009年6月)は画像から被害児童を特定する体制作りに(これから)取り組むことをうたっています。

(参考)<児童ポルノ>被害者1696人特定できず 07年検挙事件 - 奥村徹弁護士の見解(06-6363-2151 hp@okumura-tanaka-law.com)

 現時点での(実在しない児童についての表現を対象としない)改正案について、誰が保護を得るのかについては、法的保護の十分でない国の児童を間接的に保護することを中心に考えることが現実的だと思います。

 日本の児童をめぐる被害状況が傾向的に、または急激に悪化していると考えるデータは見当たりませんが、盗撮などを含めて被害者は一定程度存在します。もともとこうした調査には、「被害者の年齢が判明したものだけカウントされる」という限界も存在します。単純所持規制は「客の側」に脅威を与えることで、児童ポルノの製造を抑制するでしょう。

単純所持の摘発をめぐる問題

 Wikipediaの通弊として、ひとつの項目編集が盛り上がって、うまく整理できないまま内容が膨れ上がることがよくありますが、「児童ポルノ」の項は諸外国で規制に関して現れた問題を概観するのに便利です。

 Wikipediaの「意図しない所持の問題」には、次のようなケースがまとめられています。

  1. 削除したメールの添付ファイル、ブラウズしたページの一時記憶ファイルが残り、削除したつもりでもHDDに残って検挙されてしまう。
  2. SPAMやウイルスによって誰でも画像ファイルを押し付けられてしまう。また、画像を送りつけるだけで特定の人物に犯罪者となる(ファイルが見つかる)リスクを負わせることができる。

 日本でも関心を集めたChristopher Handleyの事件 (司法取引の合意文書)では、

2006年に税関職員が、Handley容疑者宛ての日本からの小包を開梱したことから始まった。小包の中に入っていた7冊のマンガ本には、未成年者がわいせつな行為を行なっている様子が描かれた図画が含まれていた。(Wired Vision「日本のマンガを集めていた米国人、児童ポルノ禁止法違反で有罪に」2009年5月29日)

 とあります。つまり、コレクターが題名だけ見て中身を見ないで注文して、その中に規制対象があったら(故意の譲受で)有罪ということです。

 日本のWikipediaにも項目があるオペレーション・オーの序曲となった大規模取り締まり、オペレーション・アバランシェは、有料ポルノサイトが規制対象の児童ポルノを含んでいることを察知され、摘発を受けたことがきっかけでした。私の読み方が間違っていないなら、サイト管理者は重い罰(懲役1335年、のち180年に減刑)を受けたものの、会員名簿と支払い記録だけではFBIは客を摘発しませんでした。

 その代わりにFBIは名簿を使っておとり捜査を行い、100人の検挙者を出しました。

 Wikipediaの記述だけでは、FBIがなぜ会員たちの家宅捜索に踏み切らなかったかはっきりしません。サイトに置かれていた写真のいくつかは、イギリス捜査当局の協力によって、その児童が特定されました。これがサイト管理者に重い罰を加える上で重要であったように読めます。

Based on a prior police investigation in the U.K., Sharon Girling was able to identify actual victims in the pictures from a website which used the Landslide payment system(注:Landslideは問題のサイトの名前).

 つまり、「その写真が確かに18才未満の児童ポルノであることを、被害児童を特定することで示せなければ公判を維持できない」というのがFBIの判断であったかもしれません。

 日本では、警官と医師が二重に判断する手続きが慣例化しつつあるようです(他の送検例)。どう見ても児童(繰り返しますが18才未満)に見える画像であれば、前節の参考サイトに掲げた奥村弁護士のブログ記事に、高裁判決で「児童名の特定は必要なし」という判例がすでにできています。

 画像が児童のものであるかを判断するには、医師の意見を求めて「18才未満の画像に見えるのであれば児童の特定は必要ない」という運用がすでに定着しつつあります。これと比べると、18才未満の児童を扱う絵だけを区別する実用的で安定した手続きを定めるのはずっと難しそうですね。

 話を戻しましょう。35000人にのぼる会員名簿には、カード詐欺に名前とカードデータを使われ取引の実体がない会員が相当数含まれていました。

 さて、目をイギリスに移しましょう。オペレーション・オーは、数多くの盗まれたカードデータを含んでいました。にもかかわらず、大規模な家宅捜索が行われました。

イギリス国内で 7,250 名の容疑者を特定、4,283 件の家宅捜索が実施され、逮捕 3,744 名、起訴 1,848 名、有罪 1,451 名、戒告 493 名、捜査継続 879 名の成果をあげるとともに、(日本語版Wikipedia「オペレーション・オー」)

 この件に関連したと思われる自殺者は、タイムズ紙によると33人ガーディアン紙によると39人です。

 オーストラリアのオペレーション・オークシンは同じサイトの情報をもとに少し遅れて始まり、200人弱の検挙者を出しましたが、クレジットカード使用と特定のポルノ画像ダウンロードを結びつけることができていないなどの点で批判を受けています。

 3つの海外事例を見てどうも腑に落ちないのは、単純所持が違法ならば見つけただけで有罪を立証できるはずのところ、入手経路などが裁判の焦点となっているらしいところです。

 上記のタイムズ紙記事をよく見ると、こんな部分があります。

Steve Barker, a solicitor who acts for one Operation Ore suspect in a High Court appeal, said that in many prosecutions police were unable to disprove defendants had simply accessed legal adult porn rather than paedophile material. In other cases, child porn might have been accessed accidentally by those looking for adult porn. (TIMES Online July 3, 2005 "Child porn suspects set to be cleared in evidence ‘shambles’", signatured by David Leppard

「アダルトサイトで支払いはしたが合法的な成人ポルノを見ていただけだ」「成人ポルノ目当てにアクセスして、偶然児童ポルノも見てしまっただけだ」という抗弁を警察が崩せない、と読めますね。

 ブラウザの一時記憶データが云々、おとり捜査が云々という話とはずいぶん違います。ワンクリックでFBIのおとり捜査に捕まったRoderick Vosburghのケースと違うのは、「自分の意思でリンクを踏んだ」という故意性しかないように思います。単純所持で違法と言っても、実際には「意図的な所有」を証明しないといけないようです。

 Concise Oxfordを見ると、ヒントがありました。

possession: 1. the power of possessing something. →<LAW> visible power or control, as distinct from lawful ownership.

 つまりpossessionを単純所持とするから所有(lawful ownership)の意味になってしまうのであって、 これは正しくは占有、つまり「自己のためにする意思をもって物を所持する(民法180条)」と解するのがイギリスの運用だと思われます。

 イギリスはProtection of Children Act(児童保護法)を1978年に制定しましたが、この法律では(数次の改正にもかかわらず)単純所持は禁止されていません。1988年に刑法(Criminal Justice Act)が改正され、第160条に次の表現で単純所持禁止が入りました。

160 Summary offence of possession of indecent photograph of child (1) It is an offence for a person to have any indecent photograph of a child (meaning in this section a person under the age of 16) in his possession.(以下略)

 have in his possessionになっているのがわかります。意図的な取得でなければいけないのです。

 オーストラリアの刑法は州ごとに異なっており、2004年ごろからこの問題について断続的な改正が行われたため、細部が一致していません。しかし単純所持に当たる表現は標準的には'has possession or control of material'です。

Criminal Code Act 1995 (474.20)

(参考)オーストラリアのポルノ規制が行き過ぎていると考える立場の個人サイトにある、児童ポルノ規制の現状に関する解説 Child Exploitation Material Laws

訂正とお詫び

 じつはアメリカは児童ポルノの単純所持を禁じていません。販売目的所持は禁じていますが。アメリカのCPPA(Child Pornography Prevention Act)が禁じているのは、knowingly receives なのです。だから「誰から受け取ったか」を証拠立てなければダメなのです。撮るのも禁じているので、自分で撮って持っていると撮った証拠になってしまいますが。

 イギリスで規制薬物の所持を禁じたMisuse of Drugs Act 1971 section 5では、禁止されているのは'to have a controlled drug in his possession'です。アメリカの類似州法も調べましたが、controlledはこの場合「規制された(薬物)」という一般的な表現のようです。だから麻薬についてもhave in possessionという表現が使われています。

 占有と単純所持は違うのだとずっと考えてきましたが、むしろ「単純所持」の中に意図的な占有が含まれると考えるのが正しいようです。以上のような意味で「単純所持」を多くの国が認めてきたという事実を否定して、読者の皆さんに誤解を与えてきたことについて謝罪します。

 にもかかわらず、私は同じ主張をします。'knowingly'という表現があろうとなかろうと、麻薬などよりはるかに入手・複製・移動が簡単なポルノグラフィについて、「意図的な占有」をどう法に表現するかは重大な問題であり、「単純所持は世界の趨勢」とするだけで言葉の定義について思考停止するべきではないと。

Child Pornography Legal To View Online In New York; Court Rules Looking At Porn Doesn't Mean Possessionは、ニューヨーク州最高裁判所(The state's Court Of Appeals)が2012年、「児童ポルノのインターネットキャッシュを持っているだけではpossessionに当たらず犯罪ではない」と判示したというニュースを伝えています。つまりニューヨーク州では、児童ポルノをインターネットで見ても犯罪ではないという判例が確立してしまった状態にあります。翌月から法改正の動きが出ていますが2013年2月現在、例えば263.11は最終改正が2012年2月となっており、改正は合意に至っていないようです。knowinglyが入っていなければこんな結論は出なかったかもしれませんし、意図的な占有が所持を構成する要件だという国会答弁などがあれば同じ結論が出たかもしれません。

[2014年5月追記]'February 16, 2014'付の263.11改正条文が出ていました。有罪の要件はこうです。

when, knowing the character and content thereof, he knowingly  has
in his possession or control, or knowingly accesses with intent to view,
any  obscene  performance  which includes sexual conduct by a child less
than sixteen years of age.

 (1)16才未満の児童の性的行為を含むわいせつな行動を、(2)そのような内容のものであると知りつつ、(3a)意図的に占有し、(3b)または見る目的でアクセスする。

「見たこと」は客観的に立証不可能なので、「アクセスしたこと」だけでも有罪とし、「たまたま目に入ってしまった(見る目的はなかった)」という抗弁が通るかどうかは状況で判断するということですね。

[追記終わり]

 2009年国会提出時の法案(このコンテンツは基本的に2009年に作ったもので、その後に法案に加えられた変更についてはフォローできていない可能性があります。)では

何人も、みだりに、児童ポルノを所持し、又は第二条第三項各号のいずれかに
掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を
記録した電磁的記録を保管してはならない。

となっていますが、これでは所有するだけで有罪になってしまい、世界に類例のない峻厳な法律になってしまいます。占有概念を使うなら、例えば、

何人も、自己のためにする意思をもって児童ポルノを所持し、又は第二条第三項
各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により
描写した情報を記録した電磁的記録を、自己のためにする意思をもって保管しては
ならない。

とすべきです。これで検察側の立証責任はぐんと上がり、SPAMなどで犯罪になる可能性がずいぶん減ります。

あるいはアメリカのknowingly receivesを直訳し、アメリカ同様に単純所持でなく入手を禁止する方法もあります。

 Christopher Handleyのケースはこれでも救われませんが、これはどちらかというと規制対象の適切な広さと運用で考えるべきでしょう。東南アジアでみやげ物の大刀を買って日本の税関でアウトで放棄、なんて話はよく聞きます。Christopher Handleyはロリコンマンガの現物を手にする前に郵便検疫で見つかってしまったわけですから、観光用の刀剣くらいなら所有権放棄で済ませる事案でしょうし、麻薬だったら微量でも起訴されてしまうでしょう。

 家族写真や故人の古い写真に対する単純所持を処罰対象にしないための表現は自民党案にも盛り込まれていますから、ここでは言を重ねないことにします。

 CPPAの5(B)で単純所持を禁じているではないか、というご指摘を頂きました。CPPAの5(B)は次のことを禁じていました。'knowingly possesses any book, magazine, periodical, film, videotape, computer disk, or any other material that contains 3 or more images of child pornography that has been mailed, or shipped or transported in interstate or foreign commerce by any means(以下略)'

 つまりですね。'that has been mailed, or shipped or transported'が入っているために、やっぱり譲り受けたことを証明しないと摘発できなかったわけです。せっかくknowingly possessという表現があっても、そのmaterialが移転されたこともあわせて証明しないと有罪にならないということです。

 1996年のCPPAを置き換える形で2003年にPROTECT Act of 2003の一部として18 USC § 2252Aが追加されました。この条文では、関連する部分はこうなっています。やっぱり5(B)です。'knowingly possesses, or knowingly accesses with intent to view, any book, magazine, periodical, film, videotape, computer disk, or any other material that contains an image of child pornography that has been mailed, or shipped or transported using any means or facility of interstate or foreign commerce or in or affecting interstate or foreign commerce by any means(以下略)'

 3枚以上のポルノグラフィを……という限定はなくなっていますが、逆に'interstate or foreign commerce'、つまり「州境を超える商取引または国際取引」などというとんでもない限定がついています。(おっと、CPPAにも同様の表現はありますね。)同人は商行為に入りますかという超微妙な領域が見えてきますね。幸か不幸か、日本語(とくに民商法)では「商行為」という言葉を厳格に用いますが、commerseの意味を英英辞典で引いてみるとそんな厳格なものではないっぽいですね。物々交換とかどうなるのか知りませんが、対価を取ったらcommerseじゃないかと思います。ともあれ、家族写真なんかの問題を違法にしないために、ますます違法性の定義が狭くなっている感じです。

 そういうわけで、州境または国境を越えて譲渡された児童ポルノの占有が禁止されているのであって、事実上譲り受けた経緯を明らかにできないと立件できないように読めます。しかも「意図的に占有した」というハードルつき。

さらに注

「連邦法では譲り受けが中心だが州法では単純所持を禁止している」という指摘があったので、ワシントン州(DCではない)とカリフォルニア州について調べてみました。州の選択には特に意味はありません。

 禁止されているのはワシントン州法RCW 9.68A.070 'Possession of depictions of minor engaged in sexually explicit conduct.'では'knowingly possesses'であり、カリフォルニア州法311.11. (a)においては' knowingly possesses or controls'です。controlとは法的に所有権がなくても所有者同様に支配することを言うのでしょう。

 確かに禁止されていますね。占有が。どうしてknowingly possessを単純所持と訳してしまうのか不思議です。

 ただしカリフォルニア州法には' knowing that the matter depicts a person under the age of 18 years personally engaging in or simulating sexual conduct'という限定がついており、若干の言い訳の余地ができるかもしれません。研究目的等の所持に関する例外規定も、カリフォルニア州にはありますがワシントン州のほうには見当たりません。

 またいずれも、ミラーテストにより判断されるわいせつ物の基準とは別個のものとして児童ポルノの定義リストを持ち、その中で性交類似行為を伴わないものについては「性欲を刺激させる目的を持つ」といった限定を加えています。日本でも例えば2011年1月召集の第177回国会に民主党が提出した改正案では、児童ポルノの定義に「殊更に」などを付け加えています。この改正が通れば、「児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態」「他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって殊更に性欲を興奮させ又は刺激するもの」「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、殊更に性欲を興奮させ又は刺激するもの」という3つの定義のどれかに該当すれば児童ポルノだということになります。後二者については「殊更に性欲を興奮させ又は刺激するもの」という限定によって家族写真などを対象から除いていると考えられます。ワシントン州法RCW 9.68A.011の中で、性交類似行為などを列挙した(4)(a)~(d)に続いて、排せつや裸体、体への接触に言及した(e)~(g)については'for the purpose of sexual stimulation of the viewer'という限定がついており、同様の効果を持つものと考えます。カリフォルニア州法311.11が定義として参照する311.4についてもほぼ同様で、ワシントン州のリストにある「女児の胸の露出」はリストから外れてしまっています。また、ニューヨーク州は「わいせつ物」に関して「一般人がわいせつだと感じる……」といった定義を置き、その一種である性的なパフォーマンス(媒体不問)に年少者が出演したものを規制しています。

わいせつ物の定義をめぐる一般的な問題

 上に掲げた山本弘氏のサイトでも指摘があるように、現行児童ポルノ法にある

三  衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの

 は、広く解釈する余地があり、最近の摘発例は今までなら見逃されていた領域にも立ち入っているように思います。ただメーカーの消長に合わせて審査団体も複数存在し、モザイク等の規制が形骸化の一途をたどっている近年の状況で、規制当局が直接規制に乗り出したとも解釈できます。

 四畳半襖の下張事件の判決中、わいせつ物の境界線を決めるにあたっては「その時代の健全な社会通念に照らして」行うべきだとされています。つまり世論の支持が得られるか考えながら規制していくのがむしろ当然です。本来は被害児童の個人的法益を第一に考えるべき児童ポルノ法が、結果的にわいせつ規制の境界線を一般的に動かしてしまう状況はあまり好ましくありません。警察が悪いというより、冒頭に書いたように政治システムが落としどころを決めようとせず、警察システムにわいせつ規制を丸投げしてしまっているのがいけないのですが。

 アメリカのPROTECT Act of 2003は、表現の自由を考慮してもわいせつ物として規制すべき範囲を定めた1973年の最高裁判例を引いて(このような行為は表現の自由として保護されないと言及して)、

§ 1466A. Obscene visual representations of the sexual abuse of children

(a) IN GENERAL.—Any person who, in a circumstance described in subsection (d),

knowingly produces, distributes, receives, or possesses with intent to distribute,

a visual depiction of any kind,

including a drawing, cartoon, sculpture, or painting, that—

(1)(A) depicts a minor engaging in sexually explicit conduct; and

(B) is obscene;(以下略)

 と述べています。obscine(わいせつ)とは何か、というのが1973年の判例に書いてあるわけです。この基準をMiller Testといいます。

 つまりアメリカでは、日本の改正案に含まれない「児童わいせつ物の受け取り(receiving)」が犯罪であり、Christopher Handleyはここに引っかかったわけです。

 わいせつ物の定義は、日本においても判例の積み重ねがあり、積み重なった結果が現在のほとんど何でもありの成人向けビデオです。もし一般的なわいせつ物規制の基準を使って児童ポルノを規制するとしたら、ほとんど何も禁止することはできないでしょう。それがいいことか悪いことかは別として。

 上で述べたようにアメリカの州法では、もっと具体的に児童ポルノを定義し、性交類似行為を伴わないものについては「性欲を刺激させる目的を持つ」といった限定を加えています。これに対し、少し上に掲げた2003 Protection Lawの対応部分は18 USC § 1466Aですが、連邦法では現在でもobsceneというあいまいな表現が使われたままです。

「みだりに」という文言を巡る一般的な問題[2014年5月追記]

 現行児童ポルノ法にも「みだりに」という表現が使われています。法務省の提供する日本法令外国語訳データベースシステムで「みだりに」を訳させてみると、「without (good) reason」「without (due) cause」といった訳文候補が現れます。

 例えば、2014年4月に自民党からみんなの党に示された改正案概要にあるという「何人も、みだりに、児童ポルノを所持し、叉はこれに係る電磁的記録を保管してはならないものとすること」という一文は、正当な理由があれば保管してもいいんだということになり、我が子の成長の記録とか、捜査当局が資料を保管するとかいったケースは適法となるのでしょう。

規制対象を絵に拡大した場合起こりうる問題

 わいせつな絵を定義することは、わいせつな写真を定義するための困難を全て含み、さらに大きな広がりを持ちます。成人実写ビデオがほとんどすべての表現を許されている現状で、性道徳を守る社会的法益のために被害児童のいない絵やアニメを規制することは、あまり意味がないように思います。

 いっぽう、実効はともかく、年少者が見ても良いレーティングの映像コンテンツから暴力的な表現を排除するという考え方は広がってきており、さしたる抵抗も受けていません。例えば電車の釣り広告に、漢字を覚えたばかりの小中学生にはあまり読ませたくないような見出しがよく踊っています。看板・ポスターなど公道に露出する掲示物や、ネットワークでの公開物を念頭に置いて、レーティングや表示規制を総合的に考える余地はあるように思います。中高生が18禁小説を、いや誰にも見せずに妄想するなら止める理由もないですが、ネットで公開することに何の規制もないのはおかしなことですね。考えてみると。

捜査機関による別件への「活用」の可能性

 上に書いたように、アメリカもイギリスも日本がダガーナイフを禁止するような調子で児童ポルノを禁じているわけではないようです。それでも、4000件以上の家宅捜索をやって半分以上は起訴に持ち込めず自殺者30人以上、職を失った被疑者多数という大型事件を起こして、イギリスの当局が批判されています。

 おとり捜査の是非はともかく、アメリカのオペレーション・アパランシェが同様の事態を起こさなかったのは、意図的な画像の取得であることを立証するというハードルがあったからです。ハードルの高さには一定の効果がありますが、結局のところデメリットはゼロにはなりません。しかし他の項で述べたように、児童ポルノ規制には一定の意義があります。

 法曹界にいないものとして気楽にいえば、冤罪は法曹システムの避けられないリスクです。どのようなシステムでもゼロにはならないでしょう。オウム捜査のさい、捜査当局は国会図書館の利用票を調べるという非常手段を用いました。捜査が遅れていたら、もっと多くの容疑者が確保を免れたかもしれません。

とりあえずリンクだけ

  • 平成20年中のいわゆる出会い系サイトに関係した事件の検挙状況について(警察庁広報資料 平成21年2月19日)
    • http://www.npa.go.jp/cyber/statics/h20/pdf45.pdf
    • このシリーズには児童買春・児童ポルノ防止法関連の被害児童数や児童買春・児童ポルノの内訳も示されており、多くの報道はこれらの広報資料からの抜粋です。この件について何か書く方は、最新の発表に注意されることをお勧めします。

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Last-modified: 2017-08-31 (木) 04:46:48 (1157d)