Web拍手の1行メッセージでご感想など頂けると励みになります。


欧州戦記資料

 Freese[2003]は1942年夏期攻勢の裏でドイツ鉄道工兵があーんな苦労やこーんな苦労をした、という内容の本らしい。読んでいたら全然関係ない、しかし聞いたことのない事実が書かれていたので書いておく。

 例えばルーマニア軍、ハンガリー軍、東部戦線のイタリア第8軍、RSI(ムッソリーニ政権側のイタリア軍)といった外国部隊は、形式的にはドイツ軍の命令系統に入らない、独立した存在である。こうした部隊にはDVK(deutscheverbindungskommandos)と総称される連絡司令部が派遣された。Freese[2003;p.15]によると、DVKはひとりの責任者(von Alberti少将に関する記述ではleiterという表現になっている)、通訳、2~3名の士官、10名程度の兵下士官から成っていた。イタリア第8軍の場合、Tippelskirch大将が任についていた。

 DVKで検索すると、RSIのサンマルコ師団に派遣されていたvon Alberti少将に関するページが目に付いた。その司令部はdeutsche Verbindungs-Kommando 182 とナンバリングされていた。少将の略歴と写真についてはイタリア語のページがいちばん詳しいのが難儀である。

 同じRSIのリットリオ師団にはDVK 181が配属されていたらしい

  • 参照文献
  • Freese, Jens [2003]'Schienenstrang nach Stalingrad',GeraMond?, ISBN 376547133X

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2017-08-31 (木) 04:31:17 (691d)